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PTAがこんなにもみんなにイヤがられる 「お荷物組織」になっているのは、 なぜなんだろう…。 結局は時代が変わってしまったのに、 いつまでも戦後システムを続けているPTA。 子どもの数が多い時代と同じ人数だけ選ばれる役員、 母親は専業主婦だという前提のもとでの行事日程、 おまけに、親が全員同じ価値観を持つという幻想。。。 戦後の貧しい時代には、「子どものために」と言えば、 正直「well-being」を指していたのだろうと思う。 そういう意味で親たちの 「子どもたちのために」というベクトルは ほぼ全員が同じだった。 でも今の時代、「子どものために」と言えば、 「我が子の個性を伸ばしたい」 「我が子の学力を伸ばしたい」 「我が子は…」など たぶん100人いれば100通りの 「子どものために」が出てくるんではないかな〜。 その方向性の違いによって 親自身の学びたいことも変わってしまう。 それがいいとか悪いとかではなく、 世の中の「幸福」のスタンダードが変わってしまったのだと思う。 そして価値観が多様化して、 公約数が見つけにくい時代になってしまった。 そういう点では、現在のPTAは 新たな「PTAの意義」という公約数を見つけられないで 迷走している状況なのかもしれない。 昔はそれなりに意義があったのかもしれないけれど 今では 「別にPTAがなくても困らないのに」 それくらい「お荷物」に思っている人だっていっぱいいる。 実際に、そう思われても仕方がないコトしか していないPTAが多いのかもしれない。 ○だ〜れも来ないPTA子育て講演会 ○サクラを集めて開催するPTA手芸講習会 ○子どもにまで「さっさと帰って寝たい」と言われる お子ちゃまミニ運動会 ○ゴミ箱直行PTA広報紙… こ〜ゆ〜のやって 誰が喜んでいるのかな〜。 結局、何をすればいいのかわからないけど とりあえず毎年やってるので この行事をやっておこうと ただ惰性でやっているPTA活動に 魅力があるわけがない。 だったら、変えればいいのに。。。 そう、 「PTAって面倒だ〜」って思っている人が多いのだから、 自分が先陣切って「変えよう」と言うのは ちょっと…と躊躇する人がいるのはわかるとして、 それでも、誰かが先陣きって「変えようよ」と言ってくれたら それに乗るのか? と思いきや… それが… イザ「変えよっか〜」と言うと… 小学校で広報委員長になったとき、 委員全員に 「広報紙が必要ないというのなら、 広報紙を委員会として廃止または休刊するために動いても いいと思っている。 こんなことは、「広報紙を作りたい」という人が 集まってやることじゃないの? ど〜せ、うちは子どもは1人で今は小6。 娘が卒業したらこの学校との縁は切れる。 最後だから泥なら私がかぶるよ。 さあ、どうする?」 と聞いたのだけど、 全員にNONと言われてしまった…(笑) みんな、 広報委員会は必要ないし 広報紙も作りたくないけれど、 でも広報委員会を無くすのもイヤだし 広報紙を無くすのもイヤなんだって。 で、全員の回答は 「広報紙を作るのはとってもイヤだけど、頑張って耐えて作る」だった…。 アンタら、マゾか?(笑) 結局は、PTAという組織と保護者って 共依存関係になっている気がした。 ムリ難題で絡んでくるDV夫(PTA)に 第三者から見れば 「イヤならイヤって言えばいいのに…」と思うのだけど、 なぜか妻(parent)は「NO」と言えなくて そのまま我慢して そのムリ難題をなんとか自分で解決しようと 引き受けている。 ムリ難題を押し付けてくる相手に 一生懸命尽くすことで相手との関係を維持しようとする、 つまり自分の存在価値を見いだそうとする人もいるのだけど、 それはまあ、個人の趣味として とやかく言うつもりはない。 だけど問題だと思うことは、 多くの保護者たちは、 ママ友の輪という「同調圧力」によって、 PTA活動がとってもイヤであったとしても 「noと言わない」よう「noと言わさない」ように お互いを縛りあっている…こと。 オソロシイくらいまでの 「保護者であるならば「今まで通りのPTA活動をやらなくてはならない」」 という金科玉条でお互いを縛りあっている。 そんな雰囲気がある気がするのだ。 だから ここPTAでは、基本的に なんというか…、 自分が何かに対して 「どう感じるべき」「どう思うべき」と あらかじめ答えが準備されていて、 それを順守しなければ「ならない」みたいな、 そして、その結果「どう行動すべきか」まで 規定されているみたいな…。 それくらいに 感情も行動もコントロールさせられてしまうような オソロシイくらいの無言の圧力があるように思う。 そう、ココで大事なのは「みんな」であり、 「みんな」に従うことが「よい」ことで 「自分」に従うことは「悪い」こと。 万が一にも 「自分」が「みんな」とちがった場合でも 「自分」に従うことは自分勝手で「悪い」ことで 必ず「みんな」に従わなければならない。 そういう価値観が多分にある。 まあ会話を聞いていると たいてい会話の主語は 「everyone (も言っている)」 「someone (が言っていた)」 のどちらかになっているから。 こんな中に突然 I think…だとか I hope…だとか 「I」を主語として発言する人間がくれば それはもう異分子というか ときにはエイリアンと思われて 拒絶されたりするわけで…。 つきぐまはずいぶんと 「everyoneって誰よ?」とツッこんでは 「みんな」に嫌われていたと思う…(笑) もちろん大人だから、 「イヤなこと」でも「面倒なコト」でも やらなくちゃいけないことがあるってことは百も承知だけど、 でも、それは 何でもカンでも「やらなくちゃいけない」ってことではない。 「やらなくちゃいけない」ための 合理的な根拠があって初めて 「やらなくちゃいけない」という必然性が 生まれてくるのだと思うのだけど、 とにかく今は そんな合理的根拠も必然性はヌキにして 「保護者であれば今まで通りのPTAをやらなくてはならない」 になってしまっている。 だから本当は ぶち壊さなければならないのは、 PTAという組織ではなく 「今まで通りのPTA活動をやらなくてはならない」という金科玉条や 保護者同士の同調圧力のほうなんだろうな〜と思う。 今回、 多くのPTAで こういう理由で「イヤ」だな〜、 「やりたくないな〜」と思われているのではないか という事項を集めて 「PTAのここがイヤ〜」というページを作ってみました。 なぜ「イヤ」なのか その根拠について説明ができるようになれば、 「PTA役員選出大お断り大会」での お断り文言にも使えるかも??? ではなくて、 次年度の活動について 少し立ち止まって考えてほしいからです。 人が集まって 何かの活動が始まった…。 それは悪いことではないと思う。 子育て講演会も 手芸講習会も 子ども向けミニ運動会 きっと誰かが 「あったらいいな〜」と思って始めたはずなのだ。 だけど、それを始めた人たちも いつかはいなくなる…。 そのとき、それを引き継ぐ人がいなければ その活動は消えてしまうはずだった。 だけどそのときが来たとき、 本当は引き継ぎたくない人たちが 仕方なく引き継いでしまった… それがすべての不幸の始まりだったと思う。 そして「しなくてはならない」を 保護者同士の同調圧力で 汲々と守り続けて 結局はこんなにも 「嫌われ者」になってしまったのだと思う。 PTAで今一番求められているのは 新しい何かをすることではなく、 「幕を引く」ということだと思う。 もし、PTAで何か新しいことを始めたことがあったなら、 それに関わった人がいなくなるとき、 喜んで引き継いでくれる人がいなければ それはそっと自分の手で 幕を引いてしまってほしい。 引き継ぐ人がいないと なぜか自分のやってきたことを否定された と感じる人がいるみたいだけど、 誰かが「何か」をやった「何か」は きっと人の心でいつまでも残っているはずで、 その小さい種はまたいつか どこかで自分じゃない誰かが 花を咲かせるかもしれないわけで。 そう思って、幕を引いてほしい。 「幕を引く」ことを当たり前にしてほしいと思う。 そう、PTAは「無常」なのだと (「無情」ではありませんよ(笑)) そう意識をしてほしいと思う。 で、今ある活動の「幕引き」は… それは「よりよく運営するために」のページに 少しだけ提案してみました。 (つきぐまが実際にやってみたことです。) 小手先の改善にすぎませんが、 それでもPTAそのものを改革するのは やはり時間がかかるのも事実で、 今から始めても きっと今現在PTA役員さんに当たっている人には 残念ながら間に合わないと思います…。 だから今、とっても困っているという役員さんたちが ちょっとでもラクになってもらえれば…。 非常にコソクな手段ではあるんですけど(^_^;) ちなみに、「広報委員会」のほうは、 残念ながら未だに存続している。 当時、3学期になって 「来年もまた広報委員当たるかもしれません。 今から無くしてもらえませんか?(T_T)」 と言いにきた人がいたけれど… 「遅いって〜(ーー゛)」 そして広報部は我々の頃とは違って 「印刷は印刷会社にお願いして もっと立派な広報紙を作らなくてはならない」 というノルマが課されているようで。 御愁傷様なことで…。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
はじめまして。いつもひっそりお邪魔しております。 |
チカ 2009/02/12 23:53 |
ここまで気持ちよく言っていただいて、痛快です(笑) |
ペネロペ 2009/02/13 22:26 |
チカさま |
つきぐま 2009/02/14 20:53 |
ペネロペさま |
つきぐま 2009/02/14 20:54 |
こんにちは。 |
みさこ 2009/02/16 12:06 |
いつもブログ(PTAのこと)を読ませて頂いています。全く同感です。 |
TM(仕事は変則勤務の小学生2児の父) 2009/02/17 21:27 |
みさこさんへ |
つきぐま 2009/02/18 09:34 |
TM(仕事は変則勤務の小学生2児の父)さま |
つきぐま 2009/02/18 09:35 |
つきぐまさん、こんばんは。うちの学校と同じだな〜と思いながら読ませていただきました。私自身PTAに関わってきていつも疑問がたくさんわいてきて・・。うなずきながら読んでいました。もしPTAがなくなったらどうなるのかな、と考えてみたりもしました。無理な当てはめかたかもしれないですが、学校を民間の株式会社にたとえると、会社の組織は学校、株は子供、そして株主は保護者、株の配当は子どもたちへの恩恵、株主総会はPTA活動なのかな、と。PTA活動はある意味学校という組織が独走したり暴走したりすることを無意識に抑えている効果もあるのではないのか、その活動がない場合はどうするのか。。ただ、今のこの価値観やライフスタイルが多様化している時代にみんなでひとつの方向をむいてPTA活動を、というのは私も難しいと思います。かといって、変えることもできない。このジレンマにおちいっている毎日です。 |
みかん 2009/02/19 20:52 |
みかんさま |
つきぐま 2009/02/25 12:28 |
PTAのここがイヤ〜!はとても共感いたしました。子ども会も同じです。シングルマザーで夜遅くまで仕事をしています。子ども会ですが、会長を経験しました。大変なのは皆同じという人たちがいたから、どんな家庭も1回は必ず大役(長のつく役)をしなければならないという決まりができてしまいました。みな同じ・・とっても傷つく言葉です。自分がやって大変だった。私より後にやる人には少しでも楽にしてあげたい。PTA活動も少しスリム化した方が良いのでは、と提案したら「学校に行きたくてやっている人もいる(自分の子供の様子が見たくて)」と言われた方がいました。じゃあ、そういう人たちが毎年やればよいということですよね。だったら、私もやったから他の人もやりなさいよ、とは明らかに押し付けですよね。公平だの不公平だのという話が出た時点でボランティアではないですよね。ホント、びっくりです。 |
たんぽぽ 2009/05/12 21:59 |
続き・・ |
たんぽぽ 2009/05/12 22:00 |
たんぽぽさま |
つきぐま 2009/05/13 10:57 |
今からPTAです。すごく気が重くて夕食 |
ゆい」 2009/10/23 15:21 |
ゆいさま |
つきぐま 2009/10/24 23:14 |
そこまで嫌わなくてもー?って印象ですが |
ななみまま 2010/09/20 23:10 |
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