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<<   作成日時 : 2013/09/12 23:13   >>

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少し遅めの夏休みが
8月の最後のほうで取れたので
広島に行ってきました。




県立美術館で開催している

「尊厳の芸術」展を見たいというのと

(昨年、東京藝大の美術館で開催されたときには
行けなかったので…)

「ピース ミーツなんとか」展で

藤田嗣治の「アッツ島玉砕」の絵が
見られるというのと


「ゴッホ展−空白のパリを追う」も
巡回していて、

京都会場で1回見たけれど、

最近「さよならソルシエ」という
フィンセント・ファン・ゴッホと
その弟のテオとの兄弟愛?を描いたコミックを
読んでいたら、


もう1回見たくなったから

というのが理由。



最初は、

県立美術館(3本立て)とひろしま美術館とを
まわって帰ってくるか〜

という計画を立てたのですが、



つきぐまJrに

「そこまで行って、
平和記念公園には行かんと?

それって日本人としてど〜よ!」


みたいな目をされたので



コースに
原爆ドームと平和記念資料館も
加えてみました。




朝、少し早目の新幹線で
広島駅を降り立つと…。


ここは路面電車のある街。


原爆投下のときも
こんな風に走っていたのかな…

みたいな感じで


1両だけのちょっとレトロな路面電車が
道路をガタガタ〜と走っている。

と思ったら

何両か連結で
北欧あたりを走っていそうな
低床の近未来的な路面電車もありました。


こういう雰囲気って
なんかいいです。




もっともその路面電車は利用せず、
バスで平和記念公園に向かいましたが、



実は今回、

その原爆ドームを見て思ったのは、



こんなに小さかったっけ?




でした。



自分の身長が子どもの頃よりも伸びて
それで目線が高くなったからなのか、


それとも街全体の建物群が
高層化していて

相対的に小さく感じてしまうようになったのか。





実は、ここに来るのは3回目で

1回目は小学1年のときに家族旅行で
2回目は中学3年のときに修学旅行で
訪問しています。


ただ小学1年のときは
小さすぎて、正直よくわからず…で、

中学生のときは
修学旅行でのツアーという側面もあって、

じっくり見学できたわけでは
ないので…。



ただ、当時の建築からすれば
それほど高層な建物ではないはずなのですが、

自分の記憶の中のどこかで
すごく「高くて」に
すり替わってしまったのでしょうか。




その後、公園を通り抜けて

原爆記念資料館に向かいました。



こちら、入館料が


大人が50円、子どもが30円です。



日本の博物館としては
とんでもなく良心的な価格設定ですが、

運営する側としては
お釣りが面倒な金額かも^_^;

(100円単位のほうが、
お釣り等々の準備や締め処理のとき
単純でラクな気がします…。)




展示内容は、

セクションが大きく2つにわかれていて


1つ目のセクションは、

広島という街について

街の成立から、その瞬間までの街の歩み、
また被爆後の復興から
今後の取り組みについての展示




原子爆弾の概要

いわゆる atomic bombとは何ぞやについてや
投下までの経緯

また核兵器が戦後どうなっていったのか

などについての展示でした。



2つ目のセクションが、


1945年8月6日8時15分
広島に何が起こったのかについて


つまり被爆による惨状の展示でした。


(度々問題になっているジオラマは、
こちらのセクションでの展示です。

近々なくなるという話は聞きますが
8月現在、展示はありました。)




あと、夏休み期間中は
特別展として、

最近話題になっている
「はだしのゲン」の原画展が

こちらは無料で開催されていました。

(お恥ずかしいことながら、
私は全巻通読したことはありません…。)




そして、とても驚いたのは、3つ。



まず、

○とにかく混んでいる!

ということ。



とにかく混雑していて、

順番を待たないと

展示ケースが見られないし、

パネル解説も下のほうまでは
読めない状態。



いや、ホント、

ルーブル美術館展や
大英博物館展などの
かなり大規模な企画展ですら、

あそこまで混んでいるのは
まあ滅多にないです。


それぐらい混んでいました。



そして2つ目は、

○外国人が多い!

ということ。



広島駅で新幹線を降りたときから
えらく外国人が多いな〜とは
思ってはいたのです。



ファミリーだったり
友だちとだったり

おひとりさまだったり。



パネル解説は
英語も併記されているので

とても熱心に
そしてとても真剣に読んでおられました。


たぶん、初めて知ったんじゃないかな
みたいな、そういう感じに見えました。



そして3つ目は、

○若い人がいっぱい!


日本人も
ファミリーで旅行という感じの人も
それなりにいましたが、


学生風な若い子も
結構多かったです。


それもお友だち同士でとか
カップルでとかです。


それも、チャラく見るんじゃなくて
結構真剣に読んでらしたり。




つきぐまJrは今年の春に
見学に行っていましたが、


そのときにもやはり

「朝の9時に入ったのだけど、
その時間から結構混んでいたよ」

というのと、

「外国人がものすごく多かったよ」

というのと、


「意外に若い人も多かったよ」

ということを言っていたので、


(↑これは、友人のご兄弟が春に行かれたときに
同じことをおっしゃっていたと友人からも聞いていました。)




家に帰ってから調べてみると、

読売新聞8/20付で

「平和資料館「外国人に人気」2年連続1位」

という記事を見つけました。


「人気」というのは
言いかえれば「関心がある」
という意味でしょうか。

「外国人が多い」という実感は
どうやら本当のようです。






自分自身が若い世代のころは、
なんといいますか…、


学校で平和教育でうるさくうるさく
学ばされまして、

もうお腹いっぱい感があって、

正直、真面目に考える
という以上に

「もう聞きたくもない」
という拒否感のほうが
強かった気がします。



今だから言えますけど、

当時の平和教育というのは
必ず「正解」というのがありましてね。


それは「戦争は悪だ」


というものでした。



もうそこにわずかでも、

「本当にそうなのか?」だとか

「一体何があって、どういう経緯があって
こういう結果になってしまったのか?」だとか

そういった疑問、質問を挟むことは
「良し」とされませんでした。


「良し」とされないどころか、

「あなたは戦争が起こって
大勢が犠牲になってもいいと思っているのですね」
と、たたみ掛けられて

最終的には
非国民呼ばわりされるわけです。


だから、作文には必ず
「戦争はよくないと思います」と
書かざるを得ませんでした。


私自身は、正直そこに
思想を押しつけられるような
そういう息苦しさをいつも感じていました。



もちろん、人類はまだ
この兵器を2度しか使っていないわけで、


そういう意味では、

「これは使えんな」

と人類は学んだのかもしれないと、


そう信じたいですけどね。




それから数十年後。


つきぐまJrたちも
ほとんど変らない教育を受けてきた
と言います。


やはりきちんと「正解」があって
そこに疑問をはさむことは
絶対に許されなかったと…。



「修学旅行のとき、
「原爆の子」の像のところでね、

他の学校、小学校なんだけど、

先生たちが先導(煽動)して
生徒に「戦争はダメだ〜」とか「原爆は悪だ〜」とか
シュプレヒコールをさせている学校があったの。


そのとき
それを見てて、すっごく不気味というか
「怖いな」って思ってね。


そりゃ、戦争も原爆もいいとは思わんよ。


でも、そういうの
子どもにさせるか?って…」



ということでした。



子どもには、
正解を教えるんじゃなくて、

いろんな立場があって
いろんな思いがあって
いろんな見方があって

その上で自分はどう考えるのかって
ことを教えるほうが

大事なんじゃないかな〜と。


ただ、海外のドラマや映画を見ていると
核兵器や放射能についての描かれ方が
あまりにも安易だったりもするそうで、


それをみると
日本人ならああは描かないと思う。


そういう意味では、
あの教育でも
意味はあるのかなぁ…


と思うこともあるそうです。




と、いろいろ考えさせられた短い夏休みを過ごし、
すでに9月の日常生活に戻っております。


(横では、今月末まで夏休みの
つきぐまJrがまだまだのんびり過ごしております…。


まっ、バイトで忙しいようですけどね。


でもいいな〜、学生さんは。


休みが長くって…。)











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